石岡 瑛子。 河尻亨一 特別インタビュー 石岡瑛子、その存在の熱量を伝えたい|注目の一冊

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没後9年になる伝説のデザイナーを、奇しくもほぼ同じタイミングで、ふたつの美術館が取り上げるのはなぜか? 取材・執筆に5年。 永遠、再生、夢、冒険といった普遍的なテーマを訴え、晩年まで歩みを止めることはなかった。

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演劇『M. 1965年、 日本宣伝美術会 「シンポジウム現代の発見」• の商標です。 石岡は東京出身。

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今度書きます。

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1980年代初頭に拠点をニューヨークに移し、映画、オペラ、サーカス、演劇多岐にわたる分野で活躍。 「アスリート遺伝子」をデザインコンセプトとし、デサントの開発チームとの協働で、最先端技術とデザインを融合させていきました。 展示への反響を見ていると、「やっと時代が石岡瑛子に追いついた」との感想さえ湧く。

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第三弾となる今回は、過去4年間の活動を総括した展覧会「未知への追憶」での独占インタビューの内容を、落合陽一ならではの視点で捉えた数々の作品とともに紹介する。 第一回は、坂本龍一やビョーク、Perfumeなどとのコラボレーションでも知られ、来春には長谷川のキュレーションで展覧会を開催する「Rhizomatiks」を主題に世界を語る。 アカデミー賞を受賞した石岡には多くのオファーが入るようになりますが、挑戦的な仕事に向かい続けました。

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(上下)1975年パルコメディアキャンペーン CD:石岡瑛子 AD:石岡瑛子 C:長沢岳夫 S:三宅一生 コレクションで多忙な三宅一生を口説き落とし、2人でイメージに合う素材を探し回って撮影に挑んだ広告。 「もし私を採用していただけるとしたら、グラフィックデザイナーとして採用していただきたい。